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Deutschland feature
ドイツで繰り広げられた時間との戦い

Letter from SWRT
28 August 2006

ある旅行情報のウェブサイトによれば、ラリー・ドイツの本拠地・トリアーとラリー・フィンランドの本拠地・ユバスキラは、1947km離れているという。また、両地をノンストップで運転すると27時間37分かかると試算され、英国・ロンドンからオーストラリア・シドニー間の飛行時間より6時間も長くかかることになる。ラリー・ドイツの終了からラリー・フィンランドのレッキ開始まで42時間しかないSUBARUワールドラリーチーム(SWRT)にとって、この間の移動をのんびりと楽しむわけにはいきそうにもない。

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SWRTのチーフトラッキー、デイブ・ラドリンによれば、このドイツ西部とフィンランド中央部での連戦は、今年これまでのロジスティックでは最も厳しいものになると言う。「とてつもなく、長い旅です」とラドリン。「それに、どうすれば時間内に設備を搬送できるか、慎重に検討しなくてはなりませんでした」。彼が打ち明けたところによると、フィンランド向けの設備の中には、ラリー・ドイツのイベントが始まる前にボスタルジーのサービスエリアを出発したものもあるという。それでは本末転倒のようにも聞こえる。それらの設備なしにどうやってラリーを乗り切ったのだろうか?しかし、ラドリンはためらいもなく答える。「レッキ車は日曜日のラリー終了後に出発したのでは、フィンランドのレッキ開始に間に合わなくなってしまいます。今回の場合、我々はレッキ終了後の金曜日に3台のレッキ車をトランスポーターに乗せてトリアーを出発させました。この3台は日曜日の朝にはユバスキラに到着するので、メカニックは火曜日7時のレッキスタートまでに、レッキ車準備に約48時間を費やせるというわけです」

ラドリンは、残りの設備も日曜日にラリー車がフィニッシュする前にはトリアーを出発したと付け加える。「ドイツでは今年のカレンダーで唯一、最終日に日中サービスが設定されませんでした。最終ステージ終了後、ドライバーはサービスパークには戻らず、直接パルクフェルメにマシンを入れます。この結果、我々は朝8時30分から始まった最終日朝の10分サービス終了後、ただちに撤収作業に入ることができました」オフィシャルのポディウムセレモニーでラリーがフィニッシュを迎える前、13時キッチリにトラックはボスタルジーを出発し、ドイツ北部のロストックへ向かい、フィンランドへ渡るフェリーに乗った。「ラリー車は、途中でパルクフェルメからちゃんとピックアップしましたよ」とラドリンは安心させてくれた。

独特のメタリックブルーと黄色のSUBARUのトラックは、通常でも道で目をひくが、ドイツではブンデスランドの規定では日曜日には大型トラックの運転をしてはいけないとされている。フィンランド到着までに日曜日を含め40時間しかないとなれば、これは大問題だ。「これはドイツ全土に適用されるルールです」とラドリン。「でも、主催者はロストックへ向かう道のり途中の地元自治体と連携を取り、特別にトラックを走らせる許可を取ってくれました。各トラックは特別許可を受けたのですが、道中、警察官が混乱するだろうということも想像しましたね」

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ロストックまでの10時間のドライブにも、別の問題が残されていた。ヨーロッパの労働規定では、トラックドライバーは15時間毎に最長10時間までしかドライブは認められず、この10時間の間にも4時間半ごとに45分の休憩をとらなくてはならない。ラドリンは移動プランをこの規定にも対応させた。港までトラックには2人を乗車させ、一人が運転している間、一人が休憩を取るという具合にトラッキーが運転のリレーを行うようにしたのだ。

フェリーに乗船して24時間後、トラックはフィンランド側の港、ハンコに上陸。そして5時間かけて北上しユバスキラに向かった。ラドリンの計算では、すべてが予定通りに進めば、火曜日7時にはユバスキラのサービスパークにトラックが到着する。

SWRTのイベントコーディネーター、ケン・リースは、チームスタッフが、火曜日にフィンランドでトラックと合流するセッティングの責任者。フランクフルト−ハーン空港まではトリアーから東に2時間のドライブで到着、そしてフィンランドのテンペレはユバスキラから南に150kmと接続が至便であるおかげで、この移動は想像するよりもシンプルだ。「我々の移動は通常通り、ラリー・ドイツ終了後の月曜日に飛行機に乗ります」とリース。「これが一番経済的で、現実的な方法です」

フライトの手配は簡単。リースはこう説明する。「フィンランドでは、エントリーマシンは3台ではなく2台なので、スタッフの人数も少なくなります。ドイツではスタッフ55人、車両22台、トランスポーターを含めトラック9台でした。フィンランドでは、スタッフは40人となり、ホテルはサービスパークから歩いて行ける距離なので、車両は必要ありません」では、どうやって22台の車両と15人のスタッフを戻すのだろうか。「ドイツで使用した車両は、サードカーのクルーがドライブしてフェリーで戻すように手配しました。クリス・アトキンソンがドイツで使用したマシンは、バンとトレイラーに乗せて戻します」

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縮小版SWRTの面々は、火曜日の朝、心配しながらトラックの到着を待つことになる。火曜日には、車両の積み卸しに30時間かかると見られており、水曜日には車検とシーリングを控える。チームにとっては、長い夜になりそうだ。チーフメカニックのサイモン・ベイカーは、早くマシンの準備に取りかかりたいとウズウズしている一人。「ドイツとフィンランドでは同じエンジンとシャシーを使用しなくてはなりません。しかし、マシンはラリーを1戦走り終えているので、4カ所のコーナーとサスペンションはそっくり交換しなくてはなりません。しかし、ドイツはターマック、フィンランドはグラベルなので、その他にもスペック変更を行う所はたくさんあります」とベイカーは説明する。メインの仕事の一つには、色々な仕様変更があります。2イベントでは、プリロードとセッティングが異なるからです。プリロードは、アスファルトからグラベルになるとほぼ倍になります。ダンパーもターマック用はグラベルよりも45mm近くも短いので、変更が必要です」

ブレーキも交換された。舗装用には、SWRTではフロントに6ポットキャリパーにAPレーシングの366mmベンチレーテッド・ディスクを装着するが、グラベルではフロントとリアに4ポットキャリパーの305mmベンチレーテッド・ディスクを使用する。メカニックは、SUBARUインプレッサWRC2006から、キャリパーが予想温度に達するとそれぞれに水をジェット噴射するウォータースプレーシステムも取り外した。グラベルでは路面のグリップが低いためブレーキも高温にはならないことから、グラベル仕様ではこのシステムは使用しない。

新品のクラッチとギアボックスも搭載された。ベイカーは「エンジンに関しても、スパークプラグやエアフィルター、オルタネーター、アンチラグスイッチバルブ、ブーストパックの交換など、作業はたくさんあります。また、ラジエターが詰まっていないか、カムベルトの状態、エンジンマウントのチェックも行います」

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ベイカーとそのクルーに課せられた変更作業は他にもある。ドイツではSUBARUインプレッサWRC2006はステファン・サラザンがドライブしたが、フィンランドでステアリングを握るのはクリス・アトキンソン。各ドライバーには、それぞれのシートサイズと位置がある。ベイカーの説明によれば「ステファンはクリスよりも低位置に座り、ステアリングとペダルボックスも遠い。また、シート枠とステアリングのセッティング、シフト位置やステアリングコラムの高さなども変更します」という。

作業を完了させるには、その周辺環境も万全でなくてはならない。「ドイツでトラブルがなければ変更は比較的順調に行き、予定されたメニューを完遂させる時間も十分にあります」とベイカー。「しかし、ボディワークにダメージなどを受けると、時間もタイトになるでしょうし、時間通りに準備を終了させるために追加のスタッフが必要になることもあります」

しかし、もしドイツで深刻なアクシデントに見舞われた場合には、バックアッププランを使う。ラドリンは「ドイツのステージでマシンが深刻なダメージを受け、時間通りに修復できないという可能性はいつでもあります」そのBプランとは?「ラリー・ドイツが行われている間に、メカニックは工場に戻り、別のSUBARUインプレッサWRC2006の作業を行います。ラリー・ドイツで何が起ころうと、それがたとえ順調に言っているとしても、このマシンは8月13日の日曜日にはトレイラーで英国北東部にあるイミンガムに搬送され、スウェーデンのヨーテボリに船で運ばれます。この船がスウェーデンに到着するのは月曜日の午前。この時点で、我々はこのマシンをフィンランドで使用するかどうかを判断します。もし必要になれば、トレイラーはフィンランドに向かいます。必要でない場合は、最速の船で英国に戻ることになります」この移動は経費がかかることを考えれば、念入りすぎる用にも見えるが、ラドリンはこれがすべて計画されていることの一部であると語る。「これは最悪の事態の場合の予備プランではありますが、こうした用意を備えておくことも必要なのです。どんな状況でも対応できるようにしておかなくてはなりません」


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