 |
 |
 |
| WRC(世界ラリー選手権)においてSUBARUが初めて脚光を浴びたのは1980年のサファリ。SUBARUレオーネが総合18位で見事クラス優勝を果たし、4WDラリーカーの草分けとして注目を集めたのである。 |
|

 |
 |
 |
| 日本国内で鋭意開発が進められてきたグループA仕様のレガシィを、SUBARUは90年のサファリでWRCデビューさせた。 |
|

 |
 |
 |
| 1991年、第2戦スウェディッシュにおいてレガシィを駆るアレンが総合3位でフィニッシュし、SUBARUにWRC初の表彰台をもたらした。第3戦ポルトガルでアレンが5位、シャトリオが6位となり、第7戦ニュージーランドでは4位に入るなど、レガシィに安定した結果が伴ってきた。 |
|

 |
 |
 |
| '92年はバタネン、マクレーという2台体制で、14戦中6戦に参戦した。レガシィのポテンシャルを発揮できるグラベルラリーを中心に集中して参戦するという戦略である。 |
|

 |
 |
 |
| 93年から新たなスポンサーが付き、レガシィは濃紺にイエローの555が生える鮮やかなカラーリングとなった。この年は、シーズン後半にレガシィの後継となる新型車インプレッサの投入が予定されており、チーム関係者の願いはその投入を前にレガシィの初優勝を実現させることだった。 |
|

 |
 |
 |
| 全10戦のフル参戦となった94年は、2度のワールドチャンピオンを獲得しているスペインの英雄カルロス・サインツをチームに迎え、伸張著しいコリン・マクレーとのコンビでインプレッサの初優勝を目指す。 |
|

 |
 |
 |
| 前年同様、サインツ、マクレーという布陣で臨んだ95年シーズン。開幕戦のモンテカルロでは、サインツがフォードのデルクールとの激しい接戦を制してトップでモンテカルロに帰還、シーズン初優勝を飾った。 |
|

 |
 |
 |
| サインツに競り勝って初のタイトル奪取を95年に実現し、文字どおりエースの座についたマクレー。96年シーズンはこのマクレーを軸に、ターマックが得意なピエロ・リアッティ、グラベルで本領を発揮するケネス・エリクソンという万全の3台体制で迎えた。 |
|

 |
 |
 |
| 新たに導入された車両レギュレーション、ワールドラリーカー(WRカー)元年となった97年。マクレーのエースの座はますます不動のものとなり、リアッティ、エリクソンという96年と同じ布陣を組み、3連覇に挑んだ。 |
|

 |
 |
 |
| 4年連続のマニファクチャラーズタイトルを目指すSUBARUの98年シーズンは、基本的にマクレーとリアッティの2台体制をとるが、最終戦でコリンの弟アリスター・マクレーと、アリ・バタネンが助っ人として登場した。 |
|

 |
 |
 |
| 99年、従来のマクレー−リアッティ体制を一新。95年までSWRTに在籍していたリチャード・バーンズが一段と逞しくなってSUBARUに復帰し、さらにベテランのユハ・カンクネンとターマックを得意とするブルーノ・ティリーがバーンズをサポートする体制となった。 |
|

 |
 |
 |
| 前年に引き続きバーンズ、カンクネンというラインナップで臨んだ2000年、開幕戦モンテカルロではリタイヤ、3位、第2戦スウェディッシュは5、6位と低調だったが、第3戦サファリではバーンズ、カンクネンの1−2フィニッシュを達成。 |
|

 |
 |
 |
| 前年にインプレッサがフルモデルチェンジを受け、WRカーも新たにWRC2001となり開幕戦モンテカルロから投入された。この年のSUBARUはエースのバーンズに加え、前年秋に移籍したノルウェーの新星ペター・ソルベルグと元エストニアチャンピオンのマルコ・マーティンというフレッシュなコンビ、さらに前年のFIAチームズ・カップのチャンピオン新井敏弘という史上初の4人ドライバー体制を組んだ。 |

 |
 |
 |
| 02年のSUBARUは、4年連続チャンピオンという偉業を達成したトミ・マキネンを迎え入れ、ソルベルグとの2台体制で連続タイトル獲得を目指すことになった。
初めてインプレッサのWRカーを駆るマキネンが、開幕戦モンテカルロでいよいよ実戦デビュー。 |
|

 |
 |
 |
| 2台の「SUBARUインプレッサWRC2003」(ワールドラリーカー)をエントリーし、ドライバーのペター・ソルベルグ(ノルウェー)が14戦中4勝を上げて2003年のWRCワールドチャンピオン(ドライバー部門)を獲得した。また、過去4度のワールドチャンピオンを獲得している同僚のトミ・マキネン(フィンランド)は、ポイントランキング9位でシーズンを終了。今シーズンをもって17年の長きにわたって活躍してきたワールドラリーの舞台から引退することとなった。 |
|

 |
 |
 |
| 04年、WRC第1戦と第2戦は「SUBARUインプレッサWRC2003」でエントリー。第3戦より「SUBARUインプレッサWRC2004」(ワールドラリーカー)をエントリーさせた。ドライバーのペター・ソルベルグ(ノルウェー)が16戦中5勝をマーク。4回の不運なリタイアに見舞われたものの、ドライバーズ選手権2位を獲得した。また、04年からチームに加入したWRCフル参戦2年目の新進気鋭の若手、ミッコ・ヒルボネン(フィンランド)は、新天地の中で研鑽を積み、アルゼンチンや母国フィンランドではステージ・ベストをマークするなど、順調な成長を見せてシーズンを終えた。 |
|

 |
 |
 |
| 2005年シーズンに2台または3台の「SUBARUインプレッサWRC2004」(第1・2戦)/「SUBARUインプレッサWRC2005」(第3−16戦・いずれもワールドラリーカー)をエントリー。ペター・ソルベルグ(ノルウェー)が16戦中3勝をマーク。2回の不運なリタイアに見舞われたものの、ドライバーズ選手権2位を獲得した。また、2005年からチームに加入したWRCフル参戦初年、新進気鋭の若手、クリス・アトキンソン(オーストラリア)は、開幕戦を除く全イベントに参戦。ほとんどのイベントが未経験の中、WRCチャンピオン経験者に次ぐ最多ステージ勝利数を記録したほか、ポディウムフィニッシュを1回マークした。ターマックイベントでマニュファクチャラーズノミネートとして参戦したステファン・サラザン(フランス)も、数々の好SSタイムを発揮し、第14戦キプロスでは自己ベストタイとなる4位入賞を果たすなどの活躍を見せ、SWRTでの育成プログラム初年を終えた。 |
|
|
|