General News
2006.7.31
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7月26日、SWRTのステファン・サラザンが来日。このほどレースデビューしたばかりのインプレッサGT300レーシングカーの開発テストに参加した。インプレッサGT300は、日本で最も人気の高いモータースポーツカテゴリーであるSUPER GTに出場するために開発されたレースカーで、本年から車両規則が改定されたためインプレッサ本来の姿であるAWD方式のニューシャシーとなっている。デビュー戦となった7月23日開催の第4戦は、リヤデフのトラブルでリタイヤとなったが、雨の中行われた練習走行ではAWD車のメリットを発揮し、好タイムを続出していた。そのニューシャシーをドライコンディションでセットアップするテストが行われると聞き、サラザンから開発に協力したいと申し出ていた。
成田空港からツインリンクもてぎの敷地内にあるホテルに直行したサラザンは、27日の朝、SWRTのレーシングスーツ姿でサーキットのパドックに現れた。折しもこの日はSUPER GTの合同テストが開催されており、SWRTドライバーの突然の出現に居合わせたメディアは騒然となっていた。鈴鹿1000kmレースの助っ人ドライバーとしてインプレッサに乗るのか、といった憶測が飛んでいたが、サラザンとふたりのインプレッサGT300レギュラードライバー、そしてクスコチームのメカニック達は、それらの騒ぎとは無関係に淡々とテストの準備を進めて行った。
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この日のテストは午前中、午後にそれぞれ2時間ずつの走行テストを行うことになっていた。曇り空ながら気温は27度前後で湿度が高く、コースはドライであった。最初の数ラップを小林且男が確認のために走行し、その後サラザンにステアリングが委ねられた。その後のテストのほとんどの時間をサラザンが繰り返しドライブしてはピットインし、車高やスプリングレート、そしてダンピング特性やブレーキバランス、アンチロールバーなどシャシー各所をこまごまと変更しながらセッティングを進めた。
サラザンは、「このマシンはとても安定感があり、良いパッケージです。まだセットアップ途中なのでやらなければならないことはたくさんありますが、AWDは雨だけでなく、ドライのレースでも強さを発揮できます。もう少し時間はかかるかも知れませんが、勝てるクルマになるでしょう」と太鼓判。午前中のセッション終了間際にはセットアップの方向性が見え、タイムアタックするために新品のスリックタイヤを装着してコースインしていった。しかし、すぐにパラパラッとにわか雨が降り出し、アタックは叶わずであった。その後、エンジン不調が発生したためこの日のテストは短縮。翌日に再度セットアップを進めることとなった。
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テスト終了後、サラザンとSWRTマニュファクチャラー代表の東稔也は、富士重工業の宇都宮工場を表敬訪問。航空宇宙事業の本拠地である同工場では、社有飛行機やヘリコプターのコクピットに乗り込み、サラザンはご機嫌の様子。従業員の計らいで、機体にはサラザンの名前がペイントされていた。また、約300名の従業員達の前でトークショーを行った。大空を自由に飛ぶ航空機は、SUBARU車のルーツ。水平対向エンジンもそうだし、アクティブセーフティに関する考え方も航空機ゆずりであると聞き、サラザンは深く納得していた。
翌7月28日、一行は再びツインリンクもてぎでのテストに合流。サラザンはこの日もセットアップ走行を担当した。その後レギュラードライバーの小林にバトンタッチした。小林は、「今回のテストにサラザンさんが協力してくれるというので、喜んでお願いすることにしました。クルマの挙動を確認しながらシャシーの各要素を少しずつ変更しながら、良いセッティングを見つけるという方法そのものは私たちが普段やっていることと同じですが、
サラザンの指摘はズバっと思い切りが良い、という印象でした。おかげで短時間でマシンのハンドリングは非常に良くなりました」と語っていた。
テスト初日には富士重工業のインプレッサ担当プロジェクトジェネラルマネージャー(PGM)の森宏志も参加。クスコチームはこのGT300シャシーの設計段階で森PGMにアドバイスを求め、森のインプレッサ量産車開発チームもレイアウト決定や応力解析などで協力してきた経緯がある。折しもワールドラリーカーのハンドリング向上を最大テーマにしているSWRTにとってもターマックでのテストは願ってもないチャンス。サラザンは、ヨーロッパにいるペター・ソルベルグに電話でテストのレポートを伝えていた。「GT300インプレッサはレースカーだけど、DNAはWRカーと同じ。ラリーカーのセットアップにも通じるヒントがたくさん得られた。SUBARUファミリーとして、機会があればまたレースカーの開発に協力を惜しまないつもりだ」と語っていた。