SUBARU
トミ・マキネン
カイ・リンドストローム
ペター・ソルベルグ
フィル・ミルズ
Impreza WRC 2003
フォード
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プジョー
ヒュンダイ
シトロエン
カイ・リンドストローム
Kaj Lindstrom
1969年7月31日 フィンランド ミッケリ生まれ
フィンランド ミッケリ在住 サーラ夫人
趣味:ゴルフ、ローラースケート、クロスカントリー・スキー
ラリー・デビュー:1989年
ドライバー:トミ・マキネン
主な経歴:
2000年
1st o/a スコットランド・ラリー (タピオ・ラウカネンと共に)
1999年
イギリス ラリー・チャンピオン (タピオ・ラウカネンと共に)
1998年
フィンランド F2 ラリー チャンピオン (エサ・サーレンパと共に)
カイ・リンドストロム は10年以上もラリーを続けている―1999年にはどこか気まぐれなタピオ・ラウカネンと組み、イギリス選手権のタイトルを完勝で獲得し、頂点に立つだけの老練さと経験を積んでいることを証明した。2001年のネットワークQラリー・オブ・グレート・ブリテンで、トミ・マキネンが負傷したリスト・マニセンマキの代わりとなるコ・ドライバーを 必要としていた時、彼は喜んでカイに打診した。カイは2002年シーズン全部を555スバル・ワールド・ラリー・チームのトミの隣で過ごし、この体制は2003年シーズンも継続されることになった。
あまりに短かったデビュー戦
カイの初イベントは1989年、彼の故郷ミッケリの近くで開催されたSavitaipaleラリーだった。彼はアリ・ヒマネンのフォード・エスコートMk1をコ・ドライブしていたが、第1ステージを500メートルばかり入ったところでクラッチが壊れてしまった。ところがこの二人はどちらもこれに懲りることなく、3年後カイはアリをヴォルクス・ワーゲン・ゴルフでフィンランド・ジュニア選手権での5位へと導いた。二人のパートナーシップはその後も続き、1996年にはフィンランドのF2シリーズで2位となり、この年のラリー・オブ・フィンランドでは2位に入賞した。
他ドライバーにヘッドハントされる
1988年にカイは非常に人気者となった。エサ・サーレンパは彼をフィンランドF2シリーズでのヴォルクス・ワーゲンのゴルフのコ・ドライバーとなってくれるよう依頼し、このイベントで勝利を飾る。一方ルノー・ドライバーのタピオ・ラウカネンはカイとパートナーシップを結び、ラリーGBでF2での優勝を果たす。翌シーズン、この二人組はイギリス選手権を圧勝する。
世界を舞台に、そして トミのスーパー・サブへ
カイのラウカネンとのパートナーシップは2000年から2001年まで続き、2000年のラリー・オーストラリアではセミ・ワークスのフォード・フォーカスWRCで総合5位に入賞。だが、カイの最大のブレイクが訪れたのは、トミ・マキネンに、コルシカで負ったけがの為に欠場するリスト・マニセンマキの代わりに2001年のラリーGBに出て欲しいと依頼されたときだった。この二人のパートナーシップはこのイベント中もうまく運び、その後シーズン終わりまで順調だったので、チームとトミ はトミとカイの組み合わせを2003年シーズンも継続することを決定した。
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