オセアニアで初めてWRCに昇格した ロングラン耐久イベントが前身
ラリー・ニュージーランドの前身イベントが初めて開催されたのは1969年。誰もが参加できる耐久ラリーだった。1971年には国際イベントとして開催し、特にオーストラリアからの参戦が増加した。1977年にはオセアニア地域として初めて、WRCへの昇格。北島・南島に分かれるニュージーランドでは、80年代には途中船で車両を搬送して両島をまたいでのルートが設定されたこともあり、
7日間もかけて様々な性格のコースで競技を行われるなど、戦うクルー、メンテナンスを行うサービス双方にとっての、まさに「耐久イベント」だった。これも、近年のルートコンパクト化の流れを汲み、WRC標準となる約350km程度のイベントとなったが、ドライバー陣から愛される特徴的なステージは健在だ。WRCイベントとしての開催は、長く北島のオークランドが本拠地を務め、至近のオークランド空港近くにはスーパーSSも常設されていたほどだが、2006年から100kmほど南下したハミルトンに本拠地が移動、昨年に続き今年もこのハミルトンがラリーベースとなる。今年は新たにイベントスポンサー、REPCO(オーストラリア最大のカー&マリン向けアクセサリー&パーツメーカー)を獲得。さらなる盛り上がりが期待される。
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ルーズなグラベルとキャンバーのついた路面が特徴の ”ローラーコースター”ステージ
ニュージーランドのステージといえば、キャンバーロード。路肩が落ち込み、路面が馬の背になっている道がウネウネと続くため、ドライバーはコーナーからコーナーへ、波乗りをするように重心を移動させてリズミカルにクリアしていかなくてはならない。まさに、ドライバーにとってはローラーコースターにでも乗っているかのようなステージ。この様子は外部から見てもハッキリと分かるので、スペクテイターにとっても見応えのあるラリーだ。この他ブラインドクレストやジャンプなどの要素が、チャレンジングなステージを演出する。
また道を覆うグラベルが非常にルーズであるため、走行順が早ければ砂利履き役を担わなくてはならない。しかし、昨年から開催時期が南半球の初春に変わっているため、変わりやすい天候も気になるところ。コンディションがウェットになれば、一転、不利な走行順が有利に変わることさえあり得る。
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ラリー・ニュージーランドでのSUBARU初勝利は1993年。レガシィRS最後のWRCワークス参戦に挑んだコリン・マクレーによってもたらされた。この年から新しいスポンサーを獲得し、濃紺に黄色の555を彩ったレガシィとマクレーは、エース・バタネンのリタイアによりチームの期待を一身に担い、見事、SUBARUにとって、レガシィにとって、そしてマクレーにとって初めてとなる記念すべきWRC初勝利を獲得した。SUBARUワールドラリーチームは、待望の初勝利で有終の美を飾ったレガシィに代えて、この翌戦からインプレッサを投入することとなる。マクレーは1年後、同じイベントでWRC2勝目を獲得、95年にはイベント3連覇をいずれもSUBARU車で達成した。2001年は、同年不振に苦しんだバーンズがこのNZでシーズン初勝利を飾って弾みをつけ、ついにはこの年のドライバーズチャンピオンを獲得した。2004年はペター・ソルベルグが同イベント初勝利をマーク。SUBARUにWRC40勝をもたらした。

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| 2004 | 優勝 | ペター・ソルベルグ | インプレッサWRC2004 |
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| 2001 | 優勝 | リチャード・バーンズ | インプレッサWRC2001 |
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| 1997 | 優勝 | ケネス・エリクソン | SUBARUインプレッサ555 |
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| 1995 | 優勝 | コリン・マクレー | SUBARUインプレッサ555 |
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| 1994 | 優勝 | コリン・マクレー | SUBARUインプレッサ555 |
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| 1993 | 優勝 | コリン・マクレー | レガシィRS |
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