住友ゴム工業 タイヤエンジニア 小川貴臣
SUBARU/STIにとって苦しい日々が続いた今シーズンのSUPER GTも残すところあと3戦となりました。暑さ厳しかった8月から過ごしやすくなったスポーツランドSUGOにて、SUBARU MOTORSPORT MAGAZINE記者(MSM)が住友ゴム工業のSUBARU担当タイヤエンジニアの小川貴臣さんに今シーズンのBRZ用タイヤ開発などについてお話を伺いました。
MSM 小川さん、先日の鈴鹿ラウンドでは、BRZ GT300は水を得た魚のように素晴らしい走りを見せてくれました。唯一路面と接触するタイヤの役割は大きいですよね。今季レギュレーション対応によって、フロントタイヤサイズが小さくなったことに対してどのような開発を進めてこられたのか、お話いただけますか。
小川 「レギュレーション変更によって、BRZはフロントのタイヤサイズが幅330mmから300mmへ、直径が710mmから680mmへと二回り近く小さくなりました。これにより、コーナリングスピードを武器とし、特に鋭いターンインでタイムを稼ぐBRZの戦闘力が低下する懸念がありました。これまでそのターンインを支えていた太いフロントタイヤが狭められることで接地面積が減少し、直径が小さくなることで荷重に対するキャパシティも減少することを意味します。これは単純に戦力ダウンに繋がると言えるでしょう。私たちの設計チームは、レギュレーション変更が伝えられた昨年からこれらの物理的条件を踏まえ、単に従来の構造をスケールダウンするのではなく、小さくなった新しいタイヤサイズでも性能を最大限に引き出せるよう、工夫を凝らした新しい構造を開発しています。空気をクッションとするタイヤを適切に潰して走らせるための設定と、潰し過ぎによる応答遅延というネガティブな影響とのバランスを取ることが課題となったわけです。もちろん、R&Dチーム、STIと連携し、現時点では最適と言えるタイヤをご提案できていると考えています。
MSM 規則変更に対する対応といっても簡単にタイヤができるはずないですよね。
小川 「その通りです。フロントタイヤのサイズダウンに対応するためには、専用の金型を製作する必要があり、これには約3ヶ月のリードタイムと多大なコストがかかります。また、試行錯誤を伴う複雑なプロセスを経てようやく成形されます。開発チームは、これまでのデータをフル活用し、タイヤのキャラクターを最大限に活かしながら、コース特性や路面状況に合わせて合計6つから8つ程度の選択肢(コンパウンドや構造)の中から最適な組み合わせを模索し、チームに提案しています。例えば、このSUGOで言えば高速サーキットであり、右コーナーが多いという特徴があります。それと路面温度の予測を加えて組み合わせを提案します。さらに今回は、コースの路面改修が行われており、それらの要素も考慮に入れています。現在のSUPER GT用タイヤは、性能を最大限に発揮できる最適な作動領域(レンジ)が”針の穴に糸を通す”ほど非常に狭く、ドライバーにとっても非常にシビアな状況です。前回の鈴鹿でも練習走行までは、フロントタイヤがオーバーヒートしてしまい、本来のBRZのコーナリング性能を発揮できないという問題が発生していました。これこそフロントタイヤのサイズ変更の影響を真正面から食らった結果です。ところがその後は、クルマのセットアップ変更によって、フロントタイヤへの負担を減らしたところ、見違えるような速さを見せました」
MSM タイヤは見た目では同じように黒いラバーの塊なので、性能差やキャラクターを外観から見抜くのは困難です。様々な条件を考慮して最適提案されているということですね。勉強になります。
MSM 今シーズンは、ダンロップタイヤの「カーボンブラック回収再利用」がリリースされましたね。
小川 「これは私の担当領域ではないのですが、会社全体の循環型経済構想”TOWANOWA”の一環として、三菱ケミカル社と共同で、使用済みタイヤや製造時の端材からカーボンブラック(炭素微粒子)を抽出し、再利用する技術を開発しています。カーボンブラックは、タイヤのゴムがちぎれないように補強材としてレース用タイヤにも元々使用されており、これまで廃タイヤは燃料として燃やされていましたが、資源の再利用へと転換を図っています。この取り組みは、タイヤの性能自体を変えるものではなく、資源を再利用し、使い捨てではなくリサイクルさせるという社会的要請に応えるものであり、SUPER GTの場をその実証の場としているということなのです。ロードカー用のみでなく、コンペティションタイヤにおいて、このような取り組みを公にしているのは初めてではないでしょうか」
MSM 小川さんは、このタイヤ開発というお仕事をエンジョイされていますか
小川 「現在、当社のモータースポーツ部門の設計担当は10人から15人程度で、市販のレーシングタイヤ(F4やワンメイク用)の開発も手掛けています。私は2020年にモータースポーツ部門に異動し、4年間GR86/BRZカップ用の開発に携わった後、2024年からSUPER GTとニュルブルクリンク24時間を担当しています。レースは結果がはっきり出るため、目標も明確でやりがいを感じる仕事です。個人的な目標としては、もちろんチャンピオン獲得を目指したいし、開発を通じてタイヤというものを少しでも深く理解したいと考えています。タイヤ単体でのテスト結果が良くても、実際にレースカーに装着して速さに繋がるとは限らず、チームとの密なコミュニケーションやドライバーのコメントを注意深く聞き、タイヤの特性を説明し納得して使ってもらうことが重要です。それがうまくいった時に大きな喜びを感じます」

SUPER GT第6戦SUGOでは、予選はマシンのセットアップがうまく噛み合わずQ1敗退という苦しみを味わいました。しかし、セッティングを大きく変えた決勝レースでは、BRZ GT300はピットスタートながら一度トップを走るほどの快走を見せ、さらにこれまで不可能だったタイヤ無交換ピットを経てコースに復帰しています。ホイールナットの不具合があり結果は下位に沈みましたが、チームの雰囲気は決して暗くはなく、「何か」を見つけた充足感が漂っていました。小澤総監督が、「無交換作戦がとれるタイヤができました」、とコメントを残しているのが印象的でした。