SUPER GT

BACKSTAGE COLUMN

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2023.10.26

「高いガスシール性とオイル潤滑性を両立するために」

日本ピストンリング株式会社は、内燃機関用ピストンリング製造を主な事業とするエンジン部品メーカーです。国産乗用車、商用車および船舶、産業機器などのピストンリングなどを幅広く製造しています。SUBARU BRZ GT300に搭載されているレース用EJ20エンジンの専用ピストンリングを供給していただいている同社製品技術グループの佐藤徳郎さんにお話を伺うため、SUBARU MOTORSPORT MAGAZINE記者(以下MSM)が同社一関工場(岩手県)をお訪ねしました。
MSM  まずは、SUBARUに御社の技術をご提供していただくことになったきっかけなどをお話しいただけますか。
佐藤さん  「2015年にSTIさんから技術提供のオファーをいただき、2016年からSUBARU専用ピストンリングの開発をスタートしました。その後、試行錯誤の末に2018年SUPER GTシーズン用EJ20エンジンに当社製品を提供したのが始まりです。それまで、GT500マシンやルマンカーなどの部品を当社で開発し、提供してきた経験・知見があったので、それを活用しSUBARU専用仕様をご提案差し上げ、採用していただいています」
MSM  レース用ピストンリングの特徴を教えていただけますか。
佐藤さん  「そもそもピストンリングは、気筒内の燃焼ガスを逃さない気密性(ガスシール性)を確保し、同時にシリンダー内壁に潤滑油膜を形成する役割を果たします。レース用と言っても、果たす役割は原則として一緒です。ただし、ブローバイガス(ピストンリングの隙間からクランクケースに漏れる燃焼ガス)量を少なくしたい、オイル消費量を減らしたい、などのリクエストに従って要求にマッチする仕様をご提案するのが私たちの仕事です。市販ロードカーでは10万〜20万kmも性能が安定する必要がありますが、GT300の場合は、極端なことを言えば練習走行を含めて1レース1,000km保てばよろしいわけです。またロードカーではマイナス10度からの冷寒時スタートなども考慮に入れないといけませんが、レース用は事前に暖機してエンジンに熱が入った状態でのみ性能が発揮できれば良いのです。なので、例えば金属の熱による伸縮などをある程度無視する攻めた仕様も可能です」
MSM  お手元のSUBARU BRZ GT300用ピストンリングの説明を伺ってもよろしいですか
佐藤さん  「ピストンリングはガスシール性を担う2本のコンプレッションリングと油膜保持を担う1本のオイルコントロールリングの3本構成となっています。最上部に位置するトップリングは気密性能を最も負担する部位です。SUBARU用の場合、外周部分の断面シェイプを工夫し、バレル形状という特殊な形になっています。セカンドリングはガスシール性と油膜保持性の両方を担うので、外周断面をテーパー形状とし、ガスシールをしながらシリンダー内の油膜を掻き落とす役割を果たしています。オイルコントロールリングは張力でリングを内壁に押し付けて、油膜形成を助けるのですが、それが強すぎるとフリクションとなってしまい、エンジンレスポンスは悪化する傾向となります。ガスシール性と油膜形成性とは、実は相反する条件であり、そのバランスをどうするかを考えて設計するのが私たちの技術なのです」
MSM 今後の課題は何だと考えられていますか
佐藤さん  「今後GT300もGT500で既に使用されているカーボンニュートラル燃料(CNF)の使用がマストとなる方向です。燃料の成分はガソリンに近づけていると聞きますが、性質はやや異なっており、これまでのところ燃え残った燃料がオイルに混ざり潤滑油を希釈してしまうダイリューションという現象が起きています。それをどのように解決するか、提案が求められているところです。私たちにとってもそれはチャレンジであり、これまで試したこともない禁じ手の使用も含め、アイディアを巡らせる必要があると考えています。それらを追求することで、今後の量産開発にその思想が生かされることにもなり、将来に備えるという意味では大変意義ある挑戦だと感じています」
記者がレース用ピストンリングを手にさせていただいても、説明された形状をはっきりと認識することはできませんでした。佐藤さんは、「μの世界の加工を施しているので、人の目ではなかなか認識しづらいものです」と微笑んでおられました。まさに見えない味方を手にした感覚だけが残りました。
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