SUBARU BRZ GT300のエンジンオイル、ギアオイル、その他油脂類を提供いただいている「Motul」ブランド。これらの開発を一手に請け負うMotul R&D株式会社の新井克矢常務取締役にSUBARUモータースポーツマガジン記者(以下MSM)が、お話を伺いました。新井さんは潤滑油一筋の技術者で、石油会社、添加剤メーカーを経てMotulでは20年近くオイルの研究開発を続けている工学博士です。
MSM SUBARU BRZ GT300には特殊なオイルプロダクトをご提供いただいているのでしょうか。
新井常務 SUBARUさんにご提供しているエンジンオイル、ギアオイル、ブレーキフルードなどの油脂類は全て市販プロダクトとなっています。エンジンオイルに求められる性能としては、GT3車両などでは、まず第一に年間一基のエンジンで8レースとテストを走らなければならず、5,000 km〜7,000 km走っても壊れないことが最優先です。車両挙動についてはギアオイルの良し悪しで変わってくるのでとても大事です。また、ブレーキフルードなら信頼性が高くて踏み抜けないことが求められます。なぜそうしているかというと、市販品といえども、すでに様々なレースカテゴリーで使用されている実績があります。また、SUBARUのお客様が自らレースに参加されることを考えると、実績と入手のしやすさから市販製品を供給しています。
MSM エンジンオイルに求められるものは油膜保持力、潤滑性能ですよね。
新井常務 真冬の寒い日から真夏の高温までカバーしなければならないので、SUBARUさんには一年を通して「300V COMPETITION 15W-50」一種類をお使いいただいています。もちろん、これでどんな条件でも使えるかをチーム側に試していただいてから供給しますので、オイルの切り替えは中々スパッとはいかず、評価していただくのに大体4〜5ヶ月くらいかかるものです。実はこの300V COMPETITION 15W-50は、昨年作り替えています。開発は一昨年2021年から始め、STIのパワーユニット技術部様にご評価いただいたものを製品化しており、SUBARU車で性能を確認されたオイルです。これの以前のものは、13年前に作ったのですが、当時はWRCを戦うワールドラリーカー用に開発したものでした。それも市販していました。SUBARU側から求められることは、出力性能が落ちないこと、以前のものと同じように使えること、車両側で試すことが多々あるので、それらを邪魔しないこと、などです。エンジンオイルを構成している成分それぞれの組み合わせを見直し、2013年から使っているものと、2022年にリニューアルしたものでは全く違ったものになっているのです。
MSM 同じ300V COMPETITION 15W-50でも違うものなんですね。知りませんでした。
新井常務 はい、日々、研究所では様々なチームの要求を伺ったり、エンジンスペックの進化に合わせてオイルの仕様を考えたりしており、新技術を投入して開発品を作り上げます。その新技術を私たちはコアテクノロジーと呼んでいますが、それをプロダクトに反映していくことになります。また、BRZ GT300のギアオイルは、「GEAR COMPETITION 75W-140」が入っていますね。もともとトランスアクスル式のレーシングカーを使って開発したものとなっています。欧州のフォーミュラカー用がメインターゲットでした。ドライバーが加減速時にギアに大きな荷重をかけることが多く、そのショックで金属疲労が起きます。それを繰り返していると、破断や破損を招くことになるので、座布団効果と言いますか、このギアオイルはショックロードに対するクッションのような役割を果たす設計となっています。なので、BRZのトランスアクスルにはこちらの製品を使っていただいております。
MSM Motul製品は、フランスで開発されているものが多いのでしょうか。
新井常務 かつてはそうだったのですが、現在、モータースポーツ用オイルのほとんどが日本の研究所で開発されています。日本は、SUPER GT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、プロトタイプレーシングなど様々なカテゴリーの車両があり、テスト環境も近くにあるので、好都合なのです。また、チームもたくさんありますので。
Motulは、様々なチームとかなり緊密にオイルの開発を進めており、それが実際の市販製品に生かされています。それはSUBARUの考え方とよく似ています。モータースポーツから得られた知見や技術を量産車開発に活かしているからです。今後もより良い製品を世に送り込むため、SUBARUとMotulのコラボレーションはさらに深化していくことでしょう。