STIパワーユニット技術部パワーユニット設計課主任 上保政洋
本年仕様のSUBARU WRX STIの技術的チャレンジのひとつに、パドルシフトの導入があります。シフトロスを低減し、ラップタイム短縮に貢献します。約25kmのコースを1周するのに操作するギアシフトの回数は、アップシフト、ダウンシフトを含めて100回以上と言いますので、これを一昼夜続けるとなると想像を超える回数になるはずです。ニュルブルクリンク24時間本番を前に、SUPER GTが行われているオートポリスにて、このシステム開発を設計した上保に改良のポイントを聞きました。
- 今年の駆動系改良のポイントを教えていただけますか。
上保 まずはご存知のパドルシフト導入ですが、そのほかにもエンジンの応答性をあげるためにフライホイールを軽量化したり、ギヤ比の変更によるクロスレシオ化、センターデフの制御を変更して回頭性をあげたりと、様々な改良を盛り込んでいます。特にパドルシフトは、英国製のものを採用していますが、コントロールユニットのソフトウェアをSTIでチューニングし、NBRを走るエンジン特性にあわせた制御を施しています。エンジン制御とトランスミッション制御の協調が取れていないと、お互いをきちんと機能させることができません。相互の制御の通信によるロスも含め、ギヤを抜いたり入れたりするタイミングとエンジンのトルク変化をこまかくチューニングしていきます。そのマッチング開発には時間をかけました。昨年のニュルの前、4月にはパドルシフト制御の設計を始め、9月には実車による走行テストを行なっています。マッチング開発に約2,000kmを走らせ、その後合計5,000kmの耐久テストを実施しています。
- パドルシフトは4月の予選レースでうまく機能していることが証明されましたね。
上保 予選レースは、24時間レース終盤を想定して、長時間耐久試験を実施したトランスミッション本体を使いました。少しくたびれているユニットです。なので、決してシフトフィーリングは良くないことはわかっていましたが、ドライバーからのコメントはやはり”フィーリングは良くない”でした(笑)。 トランスミッションは、ドライバーからあまり褒められることのない機能です。フィーリングが良くて当たり前といいますか・・。しかし、5月15日に行ったテスト走行では新品のトランスミッションアッセンブリーに交換していったので、ドライブしたマセール(マルセル・ラツセー)にはフィーリングは良いと言ってもらえました。エンジン制御との協調性はもう心配ないレベルとなっています。
- その他の改良もタイムアップに貢献していますか。
上保 もちろんです。フライホイールの軽量化よるエンジンの応答性向上ももちろんですが、ギヤ比のクロスレシオ化も1速をハイギアード化し、1速から6速の間をクロス化しており、変速落差が小さくなることでタイムアップに貢献しているはずです。今年から導入したセンターデフの制御変更は、旋回時の抵抗を下げることに貢献し、コーナーリングスピードを上げることに寄与しますので、ドライバーからも好評です。パドルシフトがどれだけラップタイムに貢献するのか、という質問を受けることがあるのですが、当然のことながら空力やシャシー、タイヤやドライバーを含めたトータルバランスの上のことなので、エンジンやトランスミッションだけで語るのは難しいのです。ステアリングから手を離さずに全開走行できれば、ドライビングに集中できることは間違いないですね。
- テスト走行は十分実施したとうかがいましたが、「心配事はもうない」、と言い切れるものですか。
上保 開発には終わりはなく、現状の先を考えなければなりませんが、ここまでで今年やるべき開発の80%は完了したと言えるでしょう。あとは、ドライバーたちに、エンジン性能がもっとも活かせる走りかたを理解してもらい、タイムが出せて燃費の良い走りをしてもらえるようアドバイスをしていく必要があります。また、準備は十分したとはいえ、耐久性についても心配がないとは言えません。ドライバーにはギヤをいたわる走りをしてもらいたいです。もう24時間レースは来週に迫りました。今は審判を待つ気分ですね。
上保政洋
2002年富士重工業(現スバル)入社。トランスミッション設計部に所属し、スバル車のマニュアルトランスミッション、オートマチックトランスミッション、CVT全てを経験。2015年からSTIパワーユニット技術部へ出向し駆動系開発を担当する。趣味は、仲間たちと耐久レースに出場することなど。「ドライバーの立場でエンジニアリング的課題を考えられたり、エンジニアの立場でドライビングを考えたりする良い機会ですが、あくまでもアマチュアなので基本的には息抜きです」