
レーシングドライバーなんてクルマを運転しているだけで、スポーツじゃないよ。そんなことを言われていた時代があった。しかし実際にはレースを終えてクルマから降りてきたドライバーは、誰もが上気した顔で大量に汗をかいている。夏はもちろんのこと冬場もそうだ。レース中は心拍数が普段の倍以上、150を超えてしまうハードなスポーツなのだ。だからそういう環境に耐えられるような体作りが必要となる。
実際、サッカーやプロ野球などの選手達も、単に走り込みを行うだけではなく、ジムなどで体作りを行っている。モータースポーツの世界にもそういう考えが浸透してきたのは、この10数年かもしれない。かつてトップドライバーとして名を馳せた方々に話を聞くと、ほとんどの方が「トレーニングなんてやったことがない」と口をそろえる。当時のトップドライバーたちはいくつものレースカテゴリーに参戦していて、レースウィークは金曜からたっぷり走れたし、タイヤテストなども連日のように行われていて、ほとんど毎日レースカーを運転していた。だからドライバーに必要な筋肉は自然とついていたのだろう。しかし現在では参戦できるカテゴリーも少なくなり、別の方法で筋肉をつける必要性が生じており、トレーニングが必要だと感じるようになるのだという。

STIドライバーの井口卓人と山内英輝は「トレーニングの必要性を感じたのはF3に上がってから」と言う。「カートからフォーミュラに上がってから、トレーニングはトヨタのスクールで嫌々やらされていましたけど、F3になると一気に首、肩、腕がきつくなりました。Gの掛かり方もそうですが、ハンドルが切れない、強いブレーキが踏めないなどあったので、意識してやり始めました。GT500やスーパーフォーミュラではそれがもっときつくなるので、筋肉を大きくしようと必死でした」(井口)。
現在はふたりともフォーミュラではなくGT300をメインでドライブしているが、それでもフィジカルトレーニングは必要なのだろうか? 「正直GTはフォーミュラほど疲れません。パワステも付いていますし。ですがFIA GT3規定車両が導入されるようになってからはブレーキの踏力も必要になって、足腰や左足も疲れるようになりました。ましてや鈴鹿1000kmなんてずっと予選モードで走っているような感じですし、体を鍛えておくというのは重要だと感じています。日頃から体を動かしておかないと、どうしてもタイムに影響が出てしまいます」(山内)と、ふたりにとってフィジカルトレーニングは既に生活の一部になっているようだ。
ふたりにはパーソナルスポンサーとして、トレーナーが付き、トレーニングのメニュー作りから指導、さらにはサーキットでのケアまでを無料で受けられるようになっている。もちろん同じメニューではなく、山内には筋肉をつけるためにウェイトを中心に、井口には体幹を強くするメニューが用意されている。「外国人ドライバーなんて若いときから既にいい体をしていて、余裕で重いハンドルを平気で切ってるし、それと同じように動けるようにしないといけない」(井口)という危機感もある。「自分にとってプラスになるなら、勝つためだったらお金を掛けてでもやりたいです。実際にはスポンサーとしてトレーナーがついてジムを利用できるので無料なんですけど(笑)」(井口)。

ふたりはシーズンインする前の2月に、ドライバー仲間と石垣島で2週間ほどのトレーニングキャンプを実施した。「冬場はどうしてもクルマに乗れる時間や機会が少ないし、自分にスイッチを入れるためですね」(山内)。プロ野球の自主トレやキャンプ同様、ドライバーたちもシーズンインを前に、暖かい場所で体を動かして開幕に合わせている。「(トレーニングを)やっていない人も、やればきっと速くなると思います」(山内)。
ジムに行く頻度は、ふたりとも時間が許せば週に5回ほどのようだ。実際にトレーニングしている時間は井口が1〜2時間で、山内が2時間半ほど。ふたりともタイミングを合わせたかのように、ジムで一緒になることが多いという。さらに山内は別のジムでスイミングを取り入れている。「それは別途自腹です。勝ちたいから体を鍛える」と山内。井口も「自分に投資をするのはプロとして当たり前」と言う。
意識を高く持って戦うドライバーたち。そんな彼らを応援したい。