本年のSUPER GTレースにおいて、 新型SUBARU BRZ GT300は確実にポイントを集め、ランキング首位で第7戦を迎えました。かつてストップアンドゴースタイルのツインリンクもてぎはBRZにとっては苦手コースでしたが、2020年第7戦ではポールポジションを獲るなど、速さを見せられる場所となってきました。今回も最も重いサクセスウェイトを積みながら、予選ではフロントロウを手に入れ、決勝レースでもポイントを追加しています。好調の影には、これまで蓄積してきたデータや経験によって、適正なシャシーバランスが得られていることが挙げられます。重量バランスや空力バランスなど、旧モデルで詰め切れていなかったことが、このモデルでは開発当初から改善されているからです。エンジンが発生する駆動力を路面に伝えるドライブトレインにも改良が施されています。今回は、SUBARUモータースポーツマガジン(MSM)記者が、外観からは見えない地味な存在ながら、とても重要な駆動系の進化のお話を、STIパワーユニット技術部の上保政洋に聞きました。
MSM 上保さんは駆動系全般のご担当だと認識していますが、本年の進化についてご説明いただけますか。
上保 はい、今年シャシー全般がリニューアルとなるのに合わせ、ギアボックスをBRZ専用として新設計しました。ひとくちに駆動系といってもエンジンからクラッチ、プロペラシャフトを通じて伝えられた駆動力は、トランスアクスル(ギアボックスとディファレンシャルを合わせたもの)及びアクスル(車軸=ドライブシャフト)を通じて駆動輪である後輪に伝達されます。具体的に言うと、出力軸のアウトプットを従来より50mm下げ、車高の調整しろを増やしています。セットアップの幅を広げるということです。インプット側は従来と同じで、アウトプット側を下げているのは、静止時の左右ドライブシャフトを水平に配置するためです。それに合わせて、ギアボックス内部のベアリングなどの信頼性を上げるアップデートを施しています。
MSM 数年かけてトラブルが起きない形に進化してきたということですね。
上保 はい、そうですね。2017年にトランスアクスル化しましたが、ドライブシャフトのCV(等速)ジョイント部分の熱の問題がありました。デフ側のジョイントです。今回角度を水平に保てたことで、CVジョイントにかかる負荷を下げることができています。さきほど話したベアリングのアップデートも最適化が目的であり、容量アップしているわけではないので、重量的にも増加はありません。
MSM 変速機能に関する進化はありますか。
上保 エア圧駆動のパドルシフトは従来のままです。しかし、シフトダウン時のブリッピング(ギヤを動きやすくするため、減速時にギヤにかかっている力を抜く動作)のさせ方を調整し昨年よりもシフトダウン品質を向上させています。ABSによって後輪がロックしてしまうと、ギアが抜けないという症状が当初ありましたが、車両のセットアップによって後輪の接地をなるべく上げて回避するようにしています。現在もタイヤのグリップが落ちてくると、抜けづらくなることはあるので、ブリッビング量をなるべく小さくするようコントロールしています。ドライバーもそこは、メカニズムを理解してもらっているので、ブレーキングの仕方やシフトダウンのタイミングを工夫するなどで助けてくれています。
MSM 駆動系は壊れると大きなロスとなるし場合によっては戻って来られないですよね。しかし、心配はしていない感じですね。
上保 はい、あまり心配はしていません。しかし、最近はマシンが新しくなり、ダンロップさんのタイヤも強いグリップを発生しています。全体的にみてもクルマは速くなっており、使うエンジン回転域も変わってくるので、それに合わせてギヤ比を調整しています。その合わせ込みは、これまでのデータと経験の上に判断していくのですが、車速変化を予測しても比較的予想通りに決まっています。実は、それを判断する上で、私はシミュレーターの結果を参考にしています。STIギャラリーにもグランツーリスモSPORTを活用したハンドリングゲームマシンを置いていますが、私もそれらを使ってバーチャルテストを実施しています。GT3マシンにサクセスウェイトを乗せて走らせ、適正なギア比を選んでいく作業です。実は私、バーチャルの世界ではそこそこ速いんです。2019年の東京モーターショーで行われたメーカー対抗グランツーリスモSPORTマッチにSUBARU代表で出場したこともあります。最近のバーチャルマシンは、かなり実車に近い動きができるため、あなどれないツールになっていると思います。ギヤ比と言えば、加速性能に目が行きがちですが、エンジンブレーキの使い方にも影響するため、ドライバーからのフィードバックは重要なファクターです。
上保は、2015年にスバルの駆動設計部からSTIのパワーユニット技術部に出向し、本年4月からはSTIに転籍しています。スバルでは、MTやAT、CVTの開発に関わっていました。STIでは、SGT車、NBR車のみならず、コンプリートカーなどSTIがかかわる全車両の駆動系を担当。SUPER GTでは、パドルシフトのコントロールユニットに蓄積されたデータと車両全体のロギングデータをチェックし、パドルシフトの作動クォリティを分析しています。走行中のエンジン回転やドライブフィーリングからギヤ比が適正であるか否かの検証を行っています。「駆動系自体がパワーを出すことはできませんが、エンジン、車両、ドライバーの力を100%発揮できるように動力性能だけでなく、運転し易さも考えて設定しています」と上保が言うように、ドライブトレインはBRZ GT300の軽快な走りを支えている頼れるファンクションなのです。